靴下の移り変わり

靴下の歴史

どうして履くようになったのか

日常動作において当たり前と思っていたことに疑問を持つと、知らなくても良かったと後悔することはかなりある。例えばハイヒール、女性の履物としての印象が今は一般的ですが、かつては男性が自身の身長不足を補うため、高く見せられるようにと開発されたのが起源だ。なら男が履いても良いかというが、それはそれで問題が起こりそうではある。ハイヒールなんて履くだけでも相当ハードルが高いが、後悔はしても興味深いと思うこともあるでしょう。世の中は狭いようで実はとても広い、自分がそうだと信じていることについても改めて調査すれば、見聞が広がることだってある。

人間は学ぶことをいくつになっても忘れてはいけないと個人的に考えている。その一環として、ここでは『靴下』について考えてみたい。靴下といえば誰もが毎日履く、時期によっては儚い人もいるでしょうが、日常生活を営む上で基本装備の1つとして加えられているはずだ。靴を履く際には必ず身に付ける、いわば必需品と認識していいでしょう。身につけないで外出も出来ることには出来る、ただそうなると足がどんなことになるかはあえて名言はしない。1つ言えるのは、長時間になればなるほどもう次の日から歩きたくない症候群に陥るのが手に取るように見える。

靴下を履く理由には一番に、足の保護を優先してが挙げられます。靴は地面を歩く際に足を保護する役割を担っていますが、足にすれば靴を履いて受ける影響も鑑みる必要があった。ただ靴下を履いていれば良いというだけではない、履いて得をするためにはどうしたら良いのかを考えなくてはならない。

そう突き詰めていくと気になる話題に遭遇します、それは靴下がどうして出来たのかという歴史だ。何か物事を調べる上ではやはりその歴史を知るところから始めるのが、一番手っ取り早いでしょう。というわけでまずは靴下について、その起源と歴史についてまずは見てみよう。

靴下の歴史

靴下の歴史という視点でどのような軌跡を辿ってきたのかと調べてみると、行き当たる一番最初の答えがあります。それは『定かではない』という、曖昧な物言いしか出来ない表現だ。それというのも、そもそもどうして靴下が登場したのかと調べてみると、確たる文献などが遺されていないのです。そう、実は日常の身近なものの中でも今現在も詳しい起源ならびに発祥した地域がどこからなのか、詳細に判明していることはないのだ。

意外といえば意外かもしれません、ただそう言われると確かに靴下の歴史について親から話されたこともなければ、確たる情報を元にした構成の番組すら流されていません。ただ靴下は靴を履く時に必要なものだから履く、曖昧な質問と捉えられるかもしれませんがそう云うしかないのです。

それでは紐解けないではないかと思うでしょうが、推測することくらいは出来る。まず最初に注目して欲しいのは、『技術面』についてだ。

靴下を作成する上で重要なのは、1本の糸と一品のかぎ針さえあれば出来る。作り方についてはさほど難しくありません、ここで見えてくるのは靴下を作れるだけの技術はかなり昔に誕生していたという点だ。起源こそ定かではありませんが、織物として発見されたものについては原型をほぼ留めたものも見つかっています。

古いもので

きちんとした遺物として発見されたのは、エジプトにあるアンチーノという町でだ。発見された靴下はほぼ原型を保ったまま残っており、およそ4~5世紀辺りで作られたと言われている。完全な編物として見つかったその靴下は希少性ゆえ、博物館にて保管がされている。場所はイギリスはロンドンのビクトリア・アルバート博物館にて所蔵されています。

その他にも靴下が発見されて、その歴史と貴重さ故に現在でも研究が進められているほどだ。これまで発見されてきた靴下の中にはカイロの古代都市である遺跡フォスタットでも7世紀から9世紀頃に作られた靴下が発見されています。この当時から既に靴下を作れるだけの細かな作業をするようになった、そう物語っている。

どうして使用するようになったのか

今では靴下を使用するのは靴ずれなどが起きないようにする、という役割が一般的でしょう。他にも使用目的はある、まだ作られて間もない頃の事を考えても、

防寒衣料として

聖職者が足を不浄な大地に付けないようにするため

などの要因から作られたのではないかと言われている。

防寒対策という点では納得できる、現在発売されている靴下の中にはモコモコとした見るからに足元を保温する作用を有した靴下というものが市場に出回っている。冬場はそれを装備しないとまともに歩けないという人もいるでしょう。足元はただでさえ冷え込んだら動きたくなくなる方向へと気持ちが傾いてしまうので、意識しなければならない。

片や聖職者が不浄な大地に足をつけないというものもある。何を持ってして不浄なのかまでは定かではないが、教会という絶大な権力を持っていた当時であれば、布教活動とともに靴下を伝播することも難しくはない。

もしかしたら生みの親になっていたかもしれない人物

そんな靴下の歴史において、当時認められて入れば靴下を創りだした祖としてその名が知れ渡っていたかもしれない人がいる。16世紀頃にいた、イギリス牧師の『ウィリアム・リー牧師』という人だ。この方は当時イギリスに革新をもたらした『編機』を創りだした人だと言われています。発明をするきっかけになったのは彼の妻が手編みで懸命に仕事をしている姿を見て、大変そうだと実感しての行動だった。

素晴らしい発明をしたとして、早速試作機を何度となく作り直していくとやがて理想的な編機が誕生します。後にこの開発を自身の専売にするため特許申請を当時のエリザベス女王にたのみこむも、すげなく却下された。粘り強く支持を求めましたが理解を得られず、その後イギリスを離れてパリへと拠点を変えるも最後まで賛意を得られないままその将来に幕を閉じます。

ただ彼の技術は本物なので、ウィリアム牧師などの弟や徒弟達によって広まっていって、やがてヨーロッパ各国で普及するまでになった。確かに後世へと影響を残す発明はした、ただその名が報われることがないままその障害に幕を下ろしてしまった。もし彼の発明が認められていれば靴下を作る、靴下機を創りだした祖としてその名が広まっていたかもしれません。

具体的にはいまだ不明

発見こそされている、しかし起源についてはいまだに研究中とだけあってその成果が気になるところだ。現代人が当たり前のように使用している靴下、それがどうして出来たのか、どのようにして出来上がったのか、そんな部分を知りたいと思っている人もいるでしょう。

今後解明するかもしれないので、注目していきたい点だ。

靴下の移り変わり