靴下の移り変わり

靴下の変遷

日本の靴下は最初から120度だった

イギリスを始めとしたヨーロッパ地方において、靴下とは『90度だった』という歴史が公然と広がっている。その流れは世界へと派生するかと思われたが、この日本という国では『靴下=120度に開いているもの』とみなしている人がほとんどのはずだ。それこそ90度に作られていた靴下がすべての原点だと、誰が知っているだろうか。疑問に思う人はいるでしょうが、思ったからといって自分であれこれ調べようという人も少なかったと思います。そもそも筆者は靴下の角度や、その歴史がどうなっているのかといった話題について、今回の記事を書くまで興味のきの字すら浮かばなかった。ただそこにあって、日常で当たり前のように履くものと認識していたので疑問に思う余地もなかった。

ではこの国ではいつから靴下が本格的に入ってきたのかというと、技術だけなら江戸中期には日本国内に入ってきていたという。鎖国していたとはいえ、便利なものはきちんと取り入れていたというのも、興味深い話だ。その後日本人の中で最古の靴下を使用していたと言われているのが、あの『水戸光圀公』だと考えられています。

当時日本にも靴下の代わりとなるものはありましたが、その後歴史の変遷を乗り越える中で靴下は一般の人達にも浸透していき、やがてはライフスタイルを営む上で大事な道具とみなされるようになった。江戸が終わり、明治以降の近代ぐらいになると靴下は90度ではなく120度で生産されるのが普通のコトとなり、海外で生産されているものも例外ではない。

古代期から続く歴史だが、近代以降になると靴下はどのように変遷していくのか。当時最も有名な靴下を取り上げつつ、今に繋がる120度の靴下で有名なものは何だったのか、参考例を幾つか上げて見てみよう。

記録に残されている範囲で

日本最古の靴下、それこそ水戸光圀公が使用していたものが現存している、という話は残念ながら聞こえてこない。現代でもそうだが、元は消耗品ということを考えると、使い潰したものは捨てられるのは自然の道理だ。今の段階で古いもの、といって使い古した物という意味ではなく新品で現存している当時の製法で作られた靴下とはどんな物があったのかというと、次のようなものが挙げられます。

当時の靴下とは

バンナー靴下
大正13年に制作された靴下で、当時のものから考えても最高級の靴下として評判を集めていたものがある。『バンナー靴下』と言われるもので、材質として綿糸とシルクという豪華なものだ。肌触りや履き心地に関してあえて言及する必要はないだろう、この頃になると手編みかどうかも定かではないが、品質的なものからすれば一般庶民には手の届かない品なのは間違いなさそうだ。
バンナーという言葉についてですが、ネーミングそのものは起源はいまだ不明とされており、業界的に見た場合でスプリットフートと同意語として用いられていたと考えられている。
ミラニーズの柄靴下
材質は全て毛糸で作られている昭和4年に制作されたと言われる『ミラニーズの柄靴下』というものがある。この頃は靴下で柄物と呼べるものは少なく、そもそも柄物を作るための編機も台数が少なかったこともあって、大量生産というよりは購入者からの要望を受けて作っていたとされるのがこの靴下になります。
特に戦後は柄に特性を持たせるためにも編地を靴下に縫製したものもあったので、ユニークな仕上がりになっていたと言われている。
シンカー柄子供用靴下
ミラニーズの柄靴下と同時期に制作された靴下で、専用の編機を使用して制作された『シンカー柄靴下』という物がある。一般的には子供用の靴下として制作されており、大正7年に初めて作られた化学繊維であるレーヨンを使用した靴下となっている。
光沢性のある独特なデザインで、子供らしさを表現しているので大人が履く機会はなく、子供にとっては憧れの一品だったといえるでしょう。
ボス柄靴下
日本でも少しずつ柄物靴下の制作は始まっていきました。中でも『ボス柄靴下』については昭和2年から段々と登場していき、今までになかった珍しい柄物靴下だったこともあり、人々の評判を集めていた一品でもある。
ボス柄とは要するにラップ柄のことを意味していて、そんな柄物を靴下を作れる編機は大正12年には国内に輸入したものの、その頃はまだ柄物の範囲は非常に狭かったため商品化するまでには至らなかった。昭和になってようやくバラエティ豊かとなって、柄物靴下が多く作られていくようになります。

これらが日本の原点

上記に紹介した靴下が日本の古くから伝えられている、今に繋がる靴下となっています。ですが日本というと靴下、というよりは古来より伝えられているものがあったことは誰もが知っているでしょう。今ではその形を模した靴下が制作されるなど、日本伝統の靴下は様々な発展形を生み出しては商品化に成功している。

そう思うと日本国内だけで靴下の歴史を見ても感慨深くなってきます。

靴下の移り変わり